保護者は、教師の「最強パートナー」!

TEAMWORK

COTECHI
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今週、私と話したいという2家庭の保護者様が私の部屋をご訪問くださいました。

P-MASTER
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ほう、それは、学校の先生に対する相談ですか?もしかしたら苦情めいたクレームだったのですか?

COTECHI
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クレームではありません。

保護者さんが担任さんからの説明では、どうも理解しきれないことがあり、それは、学校の姿勢か、担任本位のお考えなのか、計り知れず、お悩みになられることも多く、そうしたご相談は、多くあります。

2家庭とも共通する課題がうかがえましたので、今回はその事例を中心に、学校サイドの対応について考えてみたいと思います。

1つ目の事例は、登校班の集合場所で、A児童とB年生児童のちょっとした行き違いでA年生の児童が怪我をしてしまったという事例です。

子供たちは、班長たちと共に学校まで来て、担任の教諭と生徒指導主事も状況を確認し、連絡帳で状況をお伝えしたことで、適切に対応したつもりでおられましたが、お母さんは、納得がいかないということでした。

お母さんは、学校の先生たちの指導で、子供同士がお互い謝罪をして、この件は終わったことのように聞かされたが、どうしてこのようになったか、共感的に子供たちの心に寄り添った指導がされたように感じない。

その上、それ以上は、登下校時は、学校の管理下になく、地域の方にお任せしているので「学校はこれ以上介入できません」と言われたことも、より学校への不信感をつのらせたようでした。

丁寧に対応して、説明をされないことに、学校側の不誠実さを感じておられました。
2つ目の事例は、お昼休みの廊下で、高学年児童同士のちょっとした悪ふざけから生じたけんかについて、担任の先生から電話を受けたお母さんが、学校側の、特に、担任の先生のわが子の捉え方、指導の仕方、見守り方について、ご心配をされ、父母そろってお見えになり、私から学校の姿勢についてお話を聞きたいということでした。

ご両親は、担任から「暴力行為はいけない事なのでご家庭でも話してあげてください。」との電話に、「わかりました」と返答はしたものの、自分の子は、人様に安易に手を出す子ではなく、わが子の心に寄り添った対応ではなかったのでは?とのご心配を抱かれていました。

その上、2週間前の心のアンケートでは、本人から「いじめられている」や母親から「学校に行きたくないと言っている」など、友達関係が大変心配との発信を受けているはずの学校の対応ではないと感じられていたのではないかと察しています。

■子の心に寄り添った対応

今回の2事例から分かることは、正しい情報をお伝えしただけでは、保護者は納得し難いということだと思います。

いや、そもそもそれは、正しい情報であったかという事も問題でした。

というのは、この2つの事例も、改めて、再度、対象となる子供から、その事実や考え等を聞き直してみると、全く違う絵面(えづら)が浮かんできて、そこから、関わった子供の心の在り様も浮かんできます。

そうして浮かんできた様相から、さらに子供の気持ちを確かめると、そうせざるを得なかった子供の気持ちも汲み取ることができます。

ここに、私たちは共感しながら、子供自身に気付かせていくという作業が必須です。

子供ならずとも、人は誰でも、どんな人でも、沢山の失敗をするものです。

「失敗」は、「次の成功への道しるべ」でもあり、必ずしも「悪」というものではありません。

ですから、より子供たちには、次には、同じ失敗を繰り返さずに注意をしていけるように丁寧に指導をしたいものです。

それは、失敗してしまった子供の心に寄り添い、共感的な対応を心がけて接しないと、型通りの指導に終わり、子供の心に届きません。それは、即ち保護者にも届かないことを意味します。

■保護者の期待 = 学校で大切にされている

年末は何かと気忙しく、ついイライラしがちで企業等ではクレーム等も増える時期と言われています。

保護者の不信感は、学校に対して「当然そうあるべきものが無い」という「保護者の期待」と、その「結果とのギャップ」から生まれます。

例えば、学校側から、誠実な期待通りの対応が受けられない、正確な情報が得られない、当然そうするべきだと思うのにそうして頂けない等です。

今回は、クレームではありませんが、学校側への不誠実な対応への疑問、心配という点では似ている点があります。

保護者の「当然そうあるべきもの」という期待は、大切なわが子の身も心をも、当然学校も大切にしてくれる・・という期待です。

そうなると、学校でわが子に関わる問題が起こった時に、学校から家庭へお知らせする内容が、この期待に合致していないと、保護者としては、心の安定が図り辛くなって、学校への不信感につながりやすくなってしまいます。

したがって、ケガやけんか等の事故があった際には、以下のようなことを常に頭において、丁寧にお話を頂けると、保護者も安心されます。

  1. 「子という宝物」を託される重みを感じている
  2. 保護者の立場を理解しようとしている
  3. 自分の子だったら・・と考えて話している

■「子という宝物」を託される重みを感じる

この世で一番大切なものは何かと尋ねられたら、あなたはいったい何と答えますか。

自分の命?それとも両親?仕事と答える人もいるでしょう。しかし、もし、あなたが人の親だったら、迷わず、こう答えるでしょう。

「私にとって一番大切なものは、子供です。何よりも大切な宝物です。」

親が命を賭して、わが子の幸せや命を守るといった話は、枚挙にいとまがありません。

私だって、わが子に何か大変な事があったら、自分の命や財産をすべて投げ出しても守りたいと思っています。

当然、クラスの一人一人の子供がそれぞれの親にとって、自分の命や何にも代えがたい大切な宝物であることは言うまでもありません。

わが子が転倒してけがをしたならば、「大丈夫、頑張れ!」と、心で泣きながら励ましたことでしょう。

高熱を出して、布団の中で苦しんでいるわが子なら、「自分が代わって、その苦しみをなくしてあげたい」と、枕もとで一晩中看病をしたことでしょう。

そのようにして、保護者さんが大切に慈愛を存分にかけながら育ててきた子供の前に、私たち教師は、信託を託されて、立っているのです。

この世に誕生してから、目に入れても痛くないほど、大切に、大切に育ててこられた「子という宝物」が、さらに、その子らしい輝きを放ってくれるようにと、深く願う保護者さんの期待を背負って、私たち教師は、その子供の前にいるのです。

私たちは、命よりも大切な「子宝」を、保護者さんから託されていることを忘れずに、そうした重みを十分に感じながら、子供の指導に当たり、保護者さんにも、そのことが伝わるように接していかなくてはなりません。

■保護者の立場を理解しよう

自分の子供が、学校の中で、どのような生活を送って、どのように思っているのか、気にならない保護者さんはいません。

自分とは育った環境も価値観も異なる者が、教師として、担任として、日々多くの時間、わが子の指導に当たるのです。

保護者からすれば、「どうしてそんな指導をされたの?」「なぜ、そんなことで厳しくしかるの?」と、理解に苦しむことが出てくるのは、ごく当然のことでしょう。

大切なわが子のこととなれば、冷静さを失ってしまい、感情をむき出しにしてしまったような様相で、相手に向かってくるというのが「親」というものです。

そうした保護者さんの姿が、ときには、「クレーム」と受け止められてしまい、教師から警戒され、敬遠される保護者として見受けられてしまうのは、いかにも短絡的で、悲しいことです。

しかし、自分の子供にそのようにされた明確な理由がよく理解できないまま、保護者さんにとって、どうしても納得することができない指導をされたと感じれば、どんな保護者さんでも、その相手の教師に不信感を覚えるのが当然で、今回の2家庭も当然な姿だと言えます。

もし、教師が日頃から自分の子供観や教育観、指導方針等を保護者に理解してもらうように努めていたら、人となりを理解してもらうように努めていたら、結果も大きく変わってくるでしょう。

現在のコロナ禍では、学級懇談会等も持ち難く、そうした機会がとり難いという現状も難しさを増している原因になっています。

ですから、過度に常識外れな突飛な苦情を申し立てる保護者さんは別として、保護者さんからの申し立てやご相談、ひいては苦情などは、当たり前の行為であり、むしろ、「自分の心配りの足りなさ」を見直すために歓迎すべきことと受け止めるように、心がけて対応する必要があると思います。

教師には、教師としての立場があるように、保護者には、保護者の立場があります。

相談や苦情をもってこられる保護者や、学校・教師によい感情を持っていない保護者には、それ相応の当り前な理由があるのです。

保護者への対応に悩む事があったら、それはよいチャンスですので、一度、保護者の立場になりきって、自分の言動等の物事を振り返って考えてみることが大切です。

■自分の子だったら・・と考えて話す

ここまで読んで頂けました先生方ならば、もうお判りでしょう。

私は、山奥の小学校の3年生担任が教師としての出発でした。

私は、教育大学を出ていませんので、教育については、全くのド素人だったのです。

当時3年生は、3クラスありまして、新任の私は、ベテラン女性教諭お2人の目が届く、3年2組の担任としてのスタートでした。

1組の学年主任は、日教組の方で子供たちを自由奔放に・・子供の自主性を重んじるといった学級経営をされ、授業は私語が多く、まとまりはつかないが、子供たちは実に活き活きして楽しそうに見えました。

3組の40代の先生は、市の研究推進を任されている、厳しい指導で有名な先生でしたので、学習規律がバッチリ、子供たちも自信をもって授業に臨んでいましたが、子供らしさを感じないという風に私には、映っていました。

当時の私は、両学級のよい所を真似ようと必死で頑張っていましたが、そのうちに自分の学級だけぐちゃぐちゃになっていきました。

悩んでいた私は、ある日、当時の小学校の校長先生のご自宅に招かれ、ご馳走と少しばかりのお酒をよばれながら、私の悩みに対してこうおっしゃいました。

「君なあ、教育には、いろんなアプローチの仕方があるんだ。 君は、両脇の学級のお2人の先生から、方法だけを真似ようとして、沼に落ちたんだよ。大切なのは、方法ではないのだよ、その奥にある先生の子への心を真似ないと・・・それはな、『もし目の前の子が自分の大切な子供だとしたら、親として、どんな言葉をかけて頂ければ、どんな風に教えて頂ければ安心で、嬉しいか?』そのことに立って、あのお2人は、違った方法で実践して、よい学級をつくり上げているんだよ・・・。」と。

この言葉で私は、親の心を想って子供たちを、子供たちの姿を通して、その後ろにいらっしゃるご両親を思い浮かべて、話すようにしてきました。この校長先生は、もう他界されていますが私のかけがえのない恩師です。

後日、そのことを3年生の両脇のベテラン女性先生にお話しすると、「その通り、実は、私たちも昨年、保護者対応で困ったときに、その話を校長先生からお聞きし、常に心掛けています。」というお話をされたことを覚えています。

■学校に連絡を下さる「ありがたさ」・・

正直に申しますと、「校長先生に話したい」「校長から聞きたい」・・のようなご連絡を頂くと、何が起こっているのかとドキドキします。

しかし、その反面、その親さんに不安な気持ちを長い間、持たせてしまい、ご迷惑をおかけし、早く解決をしてあげなければ・・と急(せ)いた気持ちになってきます。

そうして、どんなことがその保護者のお子さんに起こったのかの情報を集めて、子供とその保護者の悩みを想像しながら組み立てて、どんなお話をしようかと考えます。

こうして保護者の方からのお話をよくうかがった上で、先程の「宝物」の保護をする親さんの立場になって、お話をするように心がけて、ご理解を頂いたり、謝罪をさせて頂いたりしています。

このようにご連絡を頂けるご家庭は、結局は、ご理解が頂けて安心できます。しかし、これは氷山の一角であり、実は、不信感を抱かせてしまっているご家庭は、ご連絡頂けずにたくさんあるのではないかと心配にもなります。

そう考えると、学校へご連絡下さるご家庭には、感謝をしなければならないと思うのです。

■言葉を慎重に、丁寧に使う

先ほどの2の事例では、「暴力行為」という言葉が親さんの心を苦しめてしまいました。

1の事例では、「学校は介入できません」という言葉に、親さんは激しく抗議をされています。

その通りであっても、言い方には、気を配らなければなりません。教員が世間知らずと言われるゆえんは、こうした所にあると思います。

言葉で表現することは、大変難しいことで、それは子供ならずとも、大人同士でも一緒なんですね。

クレーム等の学校へのご相談の対応は「保護者の感情の解決」と心得ること、そして、特に大切にすべきなのは、「保護者でなくてもだれもが、自分を大切に扱ってほしいという期待を胸に秘めている」ということを忘れないことです。

ケガをした際や悲しい出来事があって心を痛めた子供の対応は、連絡帳ではなく、必ず言葉の温かさが伴う電話で、もしくは、訪問してお顔見て話すことを優先させてください。

■やはり一何の原則、心配なことはいち早く連絡を

それであっても人間ですから、私たちだって、沢山失敗をしてしまいます。

気を付けていても、たくさんの子供たちを預かっていると、気が付かないような失敗もあります。

気を付けて防ぐことができることもあれば、そうでないこともありますし、保護者から、思わぬ誤解を受けてしまうこともあります。

大切なことは、そうした時にどう行動するかです。

一人で解決できることであってもなくても、やはり学年主任を始め、周りの先生に報告をして、早い対応や、的確に心のこもった言葉で保護者に伝えることが大切です。対応が遅くなれば、それだけ解決も難しくなってしまいます。

教師という仕事にとって、保護者への対応は、最も大切な仕事の一つである反面、最も気を遣い、苦手意識を持つ人の多い仕事内容でもあります。

しかし、見方を変えれば、保護者は、誰にも勝る最良の協力者でもあります。

保護者は敵ではなく、伴走者です。

一緒に子供を見守るための「相棒」として、心を尽くした対応を心がけましょう。

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